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コラム

競業避止義務と従業員の引き抜き【弁護士による企業法務解説】


2022.02.01コラム

弁護士の仲田誠一です。

退職した従業員や退任した役員が競業行為をしている、会社の技術ノウハウを盗まれた、他の従業員が引き抜かれたなどの相談は珍しくありません。
近時、副業を認める企業が増えてきており、国をそれを後押ししています。副業が増えれば、在職中の競業行為の可能性も増えます。今後、競業避止義務違反・秘密保持義務違反、不正競争防止法違反の紛争が増加していくかもしれません。そこで、今回は、競合避止義務と従業員の引き抜きあたりのお話をします。

Ⅰ 競業避止義務とは
1.競業避止義務

競業避止義務とは、競業行為を避止する義務です。競業行為とは、取締役に関する会社法の定めでは、自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をすることを意味します。
ただし、実際に就業規則や合意などで定められている競業行為はそれよりも広い意味です。競業会社への就職も含まれたりします。

企業独自のノウハウ、秘密の技術、顧客情報など企業の様々な無形の資産に接することができる従業員や役員が、ライバル企業に転職したり、事業を立ち上げて競争相手になるのは、企業からしたらフェアな行為だと思えません。私も経営者ですから、そのような心理は理解できます。競業避止義務は、企業として当然の要請といっていいでしょう。
一方で、転職の自由、営業の自由は憲法上保障される価値です。それらを制限する面がある競業避止義務には制約が存在します。

2.憲法との関係

憲法は、職業選択の自由(憲法22Ⅰ)を明文で定めます。同条、および財産権を保障する憲法29条は、営業の自由を保障すると解釈されます。
憲法上、職業を選択するのも、事業を始めて営業するのも、本来自由なのですから、競業避止義務は憲法上の権利を制限する面があることになります。

憲法は私人間の法律関係に直接適用されるわけではありませんが、競業避止義務の有効性や具体的行為が同義務に違反するかどうかの判断においては、憲法上の人権保障の趣旨が及ばされます。職業選択の自由等を過度に制限し合理性が認められない競業避止義務の定めや合意は、公序良俗(民法90)に反して無効となります。

企業としては、
① 競業避止義務を定めるにあたっては後に無効と判断されないように吟味しておく
② 競業避止義務に頼ることなく、技術・ノウハウ・顧客情報を厳格に管理していく
ということが大事です。

Ⅱ 従業員の競業避止義務
1.在職中の競業避止義務

従業員の在職中の競業避止義務は、労働契約に付随する義務として、当然に、競業避止義務を負います。
労働契約はその人的・継続的な性格から当事者間の信頼関係が要請されます。労働契約法でも信義誠実の原則が特に規定されている所以です(労働契約法3Ⅳ)。労働契約の当事者双方は、信義誠実の要請に基づいて、各種付随的義務を負います。使用者の付随義務としては、安全配慮義務が代表的ですね。労働者の付随義務は、営業秘密保持義務、競業避止義務、使用者の名誉・信用を毀損しない義務などが指摘されます。

通常は、就業規則や誓約書等の合意によって従業員の競業避止義務が具体的に定められています。法律上当然に認められる義務であっても、その内容を具体的・詳細に定めていくことはいいことですね。

なお、就業規則に競業避止義務条項を設け、さらに誓約書等の個別合意にて競業避止義務特約を締結するケースでは、両者の内容が抵触しないように注意します。特約の内容が就業規則の基準に達しない条件として無効になりかねません(労働契約法12)。就業規則の競業避止義務条項において、個別の特約を許容する旨を記載しておきます。

2.退職後の競業避止義務

従業員が退職後に競業行為をすることは原則として自由でした。職業選択の自由あるいは営業の自由ですね。退職前の競業避止義務とは異なって、退職後の競業避止義務は原則存在しません。

退職後の競業避止義務を認めてもらうためには、
① 就業規則の規定で定めておく
あるいは
② 従業員との間で個別の合意(雇用契約、誓約書等)をしておく
の方法をとっておかなければなりません。

また、就業規則の定め、合意が存在するだけではいけません。競業避止義務は、職業選択の自由、営業の自由という憲法上の価値との関係で、合理的な制限でなければ許容されず、無効となります。就業規則あるいは誓約書等の合意文書は、後に有効性が否定されない形で作成しなければいけません。前述のとおり、就業規則の定めと個別の合意の双方を用意する場合には、双方の内容が抵触しないよう注意してください。

Ⅲ 競業避止義務違反の判断
1.在職中の競業行為

従業員の引き抜き、顧客奪取、企業秘密の漏洩等、使用者の事業活動に影響を及ぼす行為が行われているかが重視されています。
高い役職の従業員や機密情報に密に接していた従業員の行為は、競業避止義務違反と認められやすい傾向にあります。企業側を保護する要請が高いからです。

2.退職後の競業避止義務の有効性

退職後の競業避止義務はそれを定める就業規則の定めや個別の合意が要求され、その内容も合理性を欠くと無効となりました。退職後の競業避止義務の定めの有効性は、次の①~⑥の要素を総合考慮して、企業の利益と従業員の職業選択の自由の調整を図るものとしてが適切かどうかの観点から判断される傾向にあります。

①守るべき企業の利益があるのか
技術情報、顧客情報、ノウハウ等守るべき企業の利益が、職業選択の自由を制限するに値するものであるかです。秘密管理性、有用性、非公知性などが総合考慮されて判断されます。
もちろん、守るべき利益は、不正競争防止法上の「営業秘密」に限定されません。「営業秘密」として保護するのが難しい、独自のノウハウや技術的な秘密も、企業側の利益なり得ます。特約の中で保護すべき対象をできるだけ明確にしておきましょう。

②従業員の地位
従業員全員を一律に対象とする規定や一定の役職以上を一律に対象する規定は、対象従業員の限定が不十分として無効となりかねません。
あくまでも企業に営業秘密などを守る必要がなければいけませんから、対象の従業員は、機密性の高い情報に接する従業員に限定される傾向にあります。
なお、一般的な業務に関する知識・経験・技能を用いることにより実施される業務は競業避止義務違反の対象とならないとした裁判例もあります。また、対象の限定が不十分な就業規則の文言を合理的な内容に限定解釈して、その限りで有効性を認める裁判例もあります。

③地域的な限定があるか
地域的な限定がないケースは否定的な報告に評価されます。他の要素との相関で判断されますので、会社が全国チェーンであるケースでは地域的限定なしに有効性が認められた例もあります。
いずれにせよ、無効となるリスクを低減するためには、従業員の不利益を考慮し、できるだけ地域を限定することになります。

④競業避止義務の存続期間
存続期間を1年ないし2年とする例が多いといわれています。
1年以内の存続期間が設定されているときは、定めが有効とされる傾向にあります。
2年の存続期間を否定的に評価する裁判例もありますから、2年ぐらいからは危ないと考えた方がいいでしょう。
2年を超える存続期間は、特に競業を禁止する必要があり十分な代償措置がある等の特別な事情がない限り、有効性を認めてもらうのは困難です。

⑤禁止される行為の範囲に必要な制限がかけられているか
競合他社への転職を全面的・抽象的に禁止する規定は、職業選択の自由を一般的に制限するものとして、無効と評価されかねません。
他方、業務内容、職種、地域等を特定し、禁止する行為の範囲を限定すれば、肯定的な評価になります。対象行為を競業や在職中に担当した顧客との取引を禁じるに留めたケースでは有効と評価されやすいでしょう。

⑥代償措置が講じられているか
代償措置の有無については企業側の認識がないかもしれません。本来ある自由を制約するには対価が必要だということでしょうか。
退職後の競業避止義務に見合う代償措置がまったくないケースでは、有効性が否定されやすくなります。
一方、相当額の金員が交付されていれば有効性が認められやすくなります。退職後の競業避止義務を課しても著しく授業員の不利益はないと評価できるからです。
金員交付の名目は問われません。退職金の加算、在職中の高額な賃金、特別な奨励金等で労務提供の対価を超える金員が交付されたケースは、代償措置の金員交付と認められる可能性があります。

Ⅳ 取締役の競業避止義務
1.在任中の競業避止義務

取締役在任中の競業避止義務は法律で明確に定められています。従業員の場合と異なる点です。取締役は会社のノウハウや顧客情報等を奪う形で会社の利益を害する危険が高いためと言われています。

取締役が「自己または第三者のために」「株式会社の事業の部類に属する取引」をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社であれば取締役会)の承認を得なければなりません(会社法356Ⅰ①、365)。

「会社の事業に部類に属する取引」が競業です。会社が実際に行っている取引と目的物ないし事業(商品・役務の提供)および市場(地域・流通段階等)が競合する取引を意味します。定款所定の事業であっても実際に行われていない事業は対象外です。一方、会社が進出を予定しているときには対象となります。取締役が同業他社の業務執行をしない取締役となるだけでは対象となりません。部下や親族を役員に就任させて人的物的に援助を続けるなど、事実上の主宰者として競合会社を支配していた場合には、自ら競業を行うのと同一視して競業避止義務に違反します。

なお、行為が「競業」に該当しなくても、営業秘密を利用して私利を図る等上記規定が守ろうとする法益を害する形で会社に現実に損害請生じさせたといえるケースでは、取締役の忠実義務違反の責任が生じます。取締役は、会社に対し、善管注意義務(民法644)・忠実義務(会社法355)を負います。競業避止義務は、善管注意義務・忠実義務の一内容となっています。取締役が会社が関心を持つはずの新規事業機会等を自己の事業にすることも、会社に対する忠実義務違反となることもあります。会社の機会の奪取と呼ばれています。取締役が個人の資格で得た情報等をどこまで会社に提供するべきかは、会社のタイプおよび取締役の社内的立場等により異なるといわれます。たとえば、会社が上場会社等公開型のタイプであれば常勤の取締役はその能力すべてを会社に捧げるべき、将来の保障が必ずしもない中小企業の非同族の取締役にはそこまでの忠誠を期待することは無理である、と言われます。

「自己または第三者のために」とは、「自己または第三者の計算において」という意味(利益が誰に帰属するのかに着目)と考えられています。

競業の承認を得ないで取引をしたときは、当該取締役または第三者が得た利益の額を会社に生じた損害額と推定して損害賠償請求ができるという損害の推定規定が用意されています(会社法423ⅠⅡ)。会社の立証負担が軽減されます。

委任契約などにおいて、取締役等に対し、会社法の定める「競業」よりも広い形で競業避止義務を負担させている例も多いでしょう。禁止される事項と違反に対するペナルティを具体的定めることはいいことですね。

なお、退任予定の取締役による従業員の引き抜きもよく見られます。部下に対する退職勧誘が当然に忠実義務違反となるのではありません。職業選択の自由(転職の自由)の観点から、取締役の退任の事情、取締役と部下との従来の関係(自ら教育した部下か否か)、引き抜かれた人数等の会社に与える影響の度合い等の諸般の事情を総合考慮し、不当な態様のものに限って忠実義務違反になります。

2.退任後の競業避止義務
取締役の退任後の競業は、職業選択の自由、営業の自由の観点から、原則として自由です。従業員の場合と同様です。

企業が役員に対して退任後の競業避止義務を負わせたいときには、委任契約や誓約書などで合意しなければいけません。
競業避止義務の合意は取締役の職業選択の自由、営業の自由に関わります。そこで、社内での地位、営業秘密・得意先維持等の必要性、地域・期間など制限内容、代償措置等の諸要素を考慮し、必要性、相当性が認められる限りにおいて有効であると考えられています。

なお、競業行為が、在任中の営業秘密を利用した不正競争に当たる場合には、退任後であっても不正競争防止法違反となります。

Ⅴ 競業行為に対する措置
1.企業としての対処

①警告文
競業行為が発覚し次第、当該従業員等に対して警告文を送付することが考えられます。

②懲戒処分
競業行為は就業規則違反(「会社の利益に反する著しく不都合な行為」など)となります。
退職前に競業行為が発覚した場合には、退職の申出を承認(正式受理)をせず、懲戒解雇等を検討することになるでしょう。

③退職金の減額・没収
退職金の減額・没収は、退職金規程等就業規則にその旨の明確な規定が存在することが必要です。
勿論、定めが有効ではなければいけません。
規定の合理性と当該ケースへの適用の可否は、退職後の競業制限の必要性や範囲、競業行為の態様等に照らして判断されます。

④監査・調査
競業行為をした従業員が、会社を私物化して不正行為をしていたというケースは多々見ます。調査する必要があります。

⑤被害を抑える努力
早急に被害を食い止めなければなりません。法律的な対処では時間がかかりすぎるのは否めません。
取引先への事情説明を直ちに行い顧客奪取をできるだけ防ぐ、社内に対して会社の毅然とした態度を示し引き抜き行為を防ぐ等、傷口が拡がらないための対処が必要です。

⑥予防が大事
なお、競合行為への対処としてはその予防が一番であることは言うまでもありません。
経験上、日々のガバナンスが競業行為を防ぐと感じています。ガバナンスが効いている企業では競業行為を招く環境がありませんし、競業行為をすることも難しいでしょう。いくつか考えていることを挙げます。従業員の自由に任せていた場合には、モラルハザードが生じて競業行為を生みがちです。権限分掌を明確にしておくべきです。従業員の士気が高い会社は、従業員の引き抜きができず、競業行為も困難となります。問題社員の放置はモラルハザードの原因です。対処を先送りしないようにしてください。担当者だけがつながっている取引先を作らないでください。経営者も取引先とつながっておけば顧客奪取はされません。

2.法的な対処

① 損害賠償
競業避止義務違反は債務不履行です(不法行為も成立し得ます)から、損害賠償請求ができます(民法415)。
近時の裁判例では、退職後の競業避止特約に基づく損害賠償について、職業選択の自由に照らして、制限の期間・範囲を最小限にとどめることや一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にあると言われます。

使用者は、競業避止義務違反と相当因果関係のある損害を主張・立証します。相当因果関係ある損害の発生、および損害額の立証はときに困難です。競業行為がなかったら当然に受注していたと立証します。いかなる利益を逸失しているか具体的に金額を算定し、それが難しい場合には合理的な推計計算をします。

逸失利益の計算期間は、競業避止義務違反の影響から回復する(新たな顧客の獲得、人材の補填、営業の回復等)に足りる相当期間ですが、6カ月以内が多いといわれます。
民事訴訟法248条の規定が利用された裁判例もあります。賠償額の立証が極めて困難な場合に裁判所が相当な損害額を認定することができると定める規定です。
不正競争防止法違反のケースでは、同法5条の損害額の推定規定を利用できます。

以上の立証負担を軽減するため、誓約書等の合意書面では、損害賠償額の予定(民法420)を盛り込むべきかと考えます。
もちろん、有効と認められる定めでなければいけません。

なお、退職後の競業避止義務の存在が認められない場合であっても、職業選択の自由や自由競争の原理を逸脱する違法な態様での競業が行われたときは、使用者に対する不法行為(民法709)が成立しうるとされています(最判H22.3.25、事案では否定)。

② 差止め請求
競業避止義務を定める就業規則や個別の合意に競業の差止め条項が明記されているケースでは、同条項に基づいて差し止めを求めます。差止めは、競業主体に直接重大な不利益を課す措置です。差止め対象の行為は必要十分な期間に限定され、差止め期間も必要十分なものに限定される等、合理的なものでなければいけません。

合意がなく、不法行為を根拠に差し止めをする場合には、違法性が強度で、事後的な損害賠償では損害の回復が図れない場合に限定されるといわれます。なお、不正競争防止法違反が認められるときは、同法3条1項に基づく差止め請求ができます。

Ⅵ 従業員の引き抜き
1.従業員の引き抜き

競業行為に伴って他の従業員が引き抜かれる事例が多々あります。企業は人材の育成に多大なコストを払っています。かつ、人材が抜けるとそれを回復するのは容易ではありません。企業規模によっては、突如従業員を引き抜かれてしまうと、事業の遂行自体を困難ならしめる影響を受けます。企業にとっては到底許せない行為です。

しかしながら、労働市場における転職の自由も憲法上の価値から尊重されます。引き抜き行為を行うことは原則として違法となりません。単なる勧誘の範囲を超え著しく背信的な方法で行われ社会的相当性を逸脱した場合、あるいは引き抜き行為が社会的相当性を著しく欠くような方法・態様で行われた場合のみ違法な勧誘行為と評価されます。

判断に際しては、引き抜かれた従業員の会社における地位、引き抜かれた人数、引き抜きが会社に及ぼした影響、勧誘の方法・態様等の諸般の事情が考慮さえます。大量の引き抜き、きわめて執拗な勧誘、地位を利用した勧誘、経営秘匿情報を用いた勧誘、虚偽情報を用いた勧誘などが該当し得るとされています。

2.引き抜きへの対処

引き抜き行為の事実を把握した場合には警告文を送付します。社内にも会社の毅然とした態度を周知する必要があるでしょう。

原則として自由な行為であるため、特別な事情がない限り、差止め請求はできません。損害賠償請求ができるのは、引き抜き行為が違法と評価されるケースのみです。
その場合、競合他社の不法行為責任(709、715、719等)も追及できる場合がありますし、引き抜かれた従業員も別途競業避止義務違反が問われることがあります。

引き抜き行為に対する法的な対処は特に悪質なケースに限られてしまいます。仮に損害賠償請求ができたとしても、事後的対処であれば事業への悪影響は避けられません。従業員のモラルを維持して引き抜きを防ぐ日頃の経営努力が大切になりますね。

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