秘密保持義務、不正競争防止法における営業秘密【弁護士による企業法務解説】
2022.02.02コラム
弁護士の仲田誠一です。
前回は、競業避止義務と引き抜きに関するお話をいたしました。今回は、その続きとして、秘密保持義務、不正競争防止法のお話をしていきます。
競業避止義務違反が問題となる紛争においては、秘密保持義務違反も絡むケースが多くなります。競業行為は企業秘密の利用を伴いがちだからです。また、競業行為あるいは秘密保持義務違反の行為が「営業秘密」を侵害する不正競争行為にも該当するのであれば、不正競争防止法による救済を受けられます。
そこで、競業避止義務の後に、秘密保持義務、不正競争防止法のお話をする次第です。
Ⅰ 秘密保持義務
1.在職中の秘密保持義務
秘密保持義務は、多くの企業で、就業規則、あるいは誓約書や秘密保持契約等の個別の合意書面にて、定められています。
取引先との契約でも、取引先に対して自社が負うのと同等の秘密保持義務を役員・従業員に負わせることを要求する条項をよく見ると思います。
実は、在職中の秘密保持義務は、就業規則の規定や合意がなくても、当然の義務として認められます。労働者は、労働契約の付随義務として、信義則上(労働契約法3Ⅳ)、使用者の営業上の秘密を保持すべき義務を負うからです。役員についても、委任契約の付随義務として、同様の義務が認められるでしょう。
秘密保持義務違反への対処としては、(従業員に対する)就業規則に基づく懲戒処分・解雇、あるいは債務不履行による損害賠償請求(民法415)が考えられます。差止め請求も可能です。
漏えい先の第三者が、当該従業員等が秘密保持義務を負っている事実を認識した上で漏えいさせたのであれば、その第三者に対する損害賠償請求(民709)も可能です。
2.退職後の秘密保持義務
退職後については、従業員は、就業規則あるいは個別の合意がない限り、原則として秘密保持義務を負いません。役員も同様です。
ただし、退職後であっても、信義則上、一定の範囲では引き続き秘密保持義務を負うとした裁判例もあります。
退職後・退任後の秘密保持義務を課すためには、就業規則の定めを整備し、あるいは個別の合意を交わす必要があります。
かつ、秘密保持契約も、憲法で保障される職業選択の自由、営業の自由を制約する側面があります。そのため、内容の必要性・合理性を求められ、合理性を欠く定めあるいは合意は無効となります。
定めあるいは合意では、秘密保持の対象については守る必要のある秘密を明確に定めることが必要です。そして、秘密の性質・範囲、秘密の価値、退職前の地位に照らし、内容が合理性でなければいけません。
なお、不正競争防止法では退職の前後を問わず「営業秘密」が保護され、第三者にも主張でき、立証軽減措置も設けられています。その代わり、不正競争防止法で保護される「営業秘密」は認められるハードルが高いです。これに対し、就業規則や合意による定められた秘密保持義務は、第三者に対する効力は原則なく、特別な立証軽減措置もありません。その代わり、対象となる企業秘密の範囲・種類を自由に決められます。違反に対するペナルティも、その有効性が認められる限りで柔軟に定めることができます。
Ⅱ 不正競争防止法
1.不正競争防止法による営業秘密の保護
不正競争防止法は、「営業秘密」(法2Ⅵ)の不正な取得・使用・開示を、「不正競争」(法2Ⅰ④~⑩)として規制しています。
営業秘密が不正に開示あるいは使用されたら、それ自体によるダメージが大きいだけではなく、信用問題にもなります。
それら不正な行為に対しては民法上の不法行為による対応もできるのですが、不正競争防止法で特に保護を強化されているのです。
役員・従業員は、在職中・退職後を問わず、「営業秘密」を保持する義務を負い、これに違反すると不正競争防止法違反となります。
不正競争防止法違反に対しては、差止め(法3Ⅰ)、損害賠償(法4)、侵害行為を組成した物の廃棄・侵害行為に供した設備の除却(法3Ⅱ)、信用回復措置(法14)を請求することができます。刑事罰として営業秘密侵害罪(法21)も用意されています。
さらに、被害回復を容易にするために、損害賠償の推定規定(法5)、立証負担の軽減(法5の2)が定められています。
競業行為、秘密保持義務違反行為が、不正競争防止法が使える案件であれば、まずは不正競争防止法違反を問うことになるでしょう。
2.営業秘密と認められる要件
営業上の秘密のすべてが保護されるわけではありません。ここが大事です。経営者に必須の知識ともいえます。不正競争防止法の保護を受けるためには、侵害された情報が不正競争防止法が定める「営業秘密」であると認められる必要があるのです。そして、「営業秘密」と認められるには高いハードルがあります。
「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他事業活動に有用な技術上、又は営業上の情報であって。公然と知られていないもの」です(法2Ⅵ)。
その定義から、
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)
の3つが要件とされています。
秘密管理性は容易に認められません。主観的に秘密にする意思があるだけでは足りず、客観的にも秘密として管理されていることが必要です(客観的な秘密管理性)。
どんなに重要な情報であっても、相応の管理をしないと「営業秘密」と認めてくれません。
①情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限性)
②情報にアクセスした者に情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(認識可能性)
の2つが判断要素とされています。
就業規則の規定や合意による秘密保持義務の設定は秘密管理性を肯定する方向の事情の1つになるでしょう。もちろん規定や合意だけではなく、パスワードなどで技術的にアクセスの制限をする、秘密情報として特定して厳格に管理するなども必要となります。秘密管理性を否定する裁判例は数多くあります。
具体的にどのような管理をすればいいかを画一的に説明することはできません。裁判例では、情報の性質、保有形態、保有する企業の規模などの諸事情を総合考慮して合理的な管理がなされているかどうかが判断されています。抽象的には、情報の種類や事業内容に応じて適切かつ企業規模に見合った管理をすればということになりましょうが、具体的に考えると難しいです。経済産業省が出している「営業秘密管理指針」が参考となります。
管理を徹底すれば、それだけ不正行為の予防にも繋がりますね。管理を徹底して営業活動に邁進してください。
まとめ
2回にわたり、競業避止義務、秘密保持義務、不正競争防止法などのお話をしました。
在職・在任中の競業避止義務・秘密保持義務は当然に認められ、退職後・退任後の競業避止義務・秘密保持義務は原則として就業規則等の定めや個別の合意がなければ認められません。いずれにせよ、競業避止義務・秘密保持義務とも、具体的に、詳細に定めおきましょう。
退職後・退任後の競業避止義務・秘密保持義務の定めや合意は、合理的な内容であることが要求されます。就業規則の定めあるいは個別合意文書を作成するにあたっては、できるだけ無効となるリスクを低減するよう内容を吟味しなければいけません。
「営業秘密」を利用した不正競争に対しては、同法に救済を受けることができました。ただし、「営業秘密」として保護を受けるためには日頃からの厳格な管理が肝要でした。
競業避止義務、秘密保持義務、不正競争が絡む紛争は珍しくありません。しかしながら、被害の回復には困難を伴うケースもあり、仮に金銭的な被害回復ができてもダメージの回復としては不十分です。企業としては、顕在化しやすいリスクだと認識し、対処を準備しなければいけません。かつ、そのような事態の発生を予防が大事です。
一度、①どのような情報、どのような技術、どのようなノウハウを守らないといけないか、②現状ではどのような管理をしているか、③担当者が競業他社に転職したり独立した場合にはどのような影響があるのか、④就業規則や合意文書ではどのような内容が決められているのか、見直してください。もちろん、専門家の助けを得て確認してください。